【君と夏が、鉄塔の上】感想 鉄塔を通して出会う3人、記憶に残る中学最後の夏、青春ファンタジー

毎日公園に集合して鉄塔を見上げる僕ら…その先に見えるものとは。

日常と非日常が交差し、垣間見える異世界に吸い込まれそうになる作品『君と夏が、鉄塔の上』の感想です。

作品情報

タイトル 君と夏が、鉄塔の上

著者   賽助

出版社  ディスカヴァー・トゥエンティワン

発売日  2016/7/14

ページ数 266

Kindle Unlimited 対象

Audible      対象外

あらすじ

 僕こと伊達成実(だて なるみ)は鉄塔好きの中学3年生。

クラスメイトの帆月蒼唯(ほづき あおい)に秋ヶ瀬公園近くの鉄塔について聞かれ、94号鉄塔がある公園を訪れる。

同じクラスの比奈山優(ひなやま ゆう)も帆月に幽霊について聞かれ、鉄塔を見に公園に来ていた。

帆月は鉄塔の上に男の子が座っているというが、何の変哲も無い鉄塔のはず、だった。

彼女が僕に触れるまでは…

感想

 帆月が僕に触れることによって、鉄塔のてっぺんにいる男の子が見える。

普通の青春小説かと思いきやファンタジー要素が加わり、物語の色が変わり始めます。

夏なのにヒヤっとする冷たい風が吹き込んできたかと思うと、また日常に戻って。

あれは何だったんだ、夢でも見たのかという気さえしている登場人物たち。

その謎は夏の終わりが近づくにつれ明かされていきますが、確定的ではない不思議な物語です。

君と夏が、鉄塔の上 登場人物

伊達 成美

地理歴史部所属。鉄塔好き。

帆月 蒼唯

自転車で空を飛ぼうと改良を重ねては周りをヒヤヒヤさせている。少し前までは活発な普通の女子生徒だったが、転部を繰り返し突飛な行動を取るように。

比奈山 優

幽霊が見えると騒ぎを起こしてから、周囲から距離を取られている。

木島 恵介

伊達の小学生からの友人。地理歴史部部長、工事現場好き。

ヤナハラミツル

謎の少年。

財前 明比古(ざいぜん あきひこ)

伊達が通う中学の同級生。白い肌には人間味が感じられず、鉄塔近くで何度か出くわす。

実在する京北線94号鉄塔と公園

作中に登場する京北線94号鉄塔と公園は、埼玉県さいたま市に実在します。

現地に赴いて作品に思いを馳せたいなぁ、なんて思ったのですが…遠いためネットで確認しました。

今まで鉄塔好きという人に出会ってこなかったゆえ、ブログで送電鉄塔を順に追ってまとめている方がいることに驚きました。こんな楽しい世界があるなんて!

主人公の伊達成実の語り口調からは、相当の鉄塔好きと思われます。

私、これまで『烏帽子型鉄塔』や『三角帽子鉄塔』なんて言葉を知りませんでした。

作中で男の子が座っている94号鉄塔は『料理長型女鉄塔』というそうです。

鉄塔はただ鉄塔という名前だと思っていたし、生活の中で鉄塔を立ち止まって見ることもなかった。

しかし、読後はテレビなんかで鉄塔が見切れるとテンション上がるし、形と名前を確認している自分がいる。

伊達氏にだいぶ影響されています。

本当に中学生なのか、心に響くセリフの数々

作品にアクセントを効かせてくれるキャラクターがいます。

それが木島くん。

地理歴史部の部長を務め、工事現場好きの彼。

工事好きすぎて校舎の建て替えが近いと知れば、もう一度中学生として入学したいという始末。

人生何周目ですか?と聞きたくなる彼の発言は、吹き出してしまうほど面白く、ロマンもあり、儚さもあり彼が登場するのが楽しみでした。

「今あるビルや工場だって、いつかなくなって、また別の建物がつくられる。そこが前何だったのか、どんな建物だったか、誰も覚えてない。忘れられた時に、その建物は死ぬ。救えるのは、街を記憶する俺達だけだ」

「完成するからいいんだろ」

「工事は、一瞬のきらめきだ」

さすが部長。言葉に説得力とリーダーシップが感じられます。

地理歴史部という部活があるなんて素敵な学校ですね。

帆月の置かれている状況と行動が、この木島くんのセリフとリンクしてくるので感慨深いものがありました。

明比古はいったい誰なのか

94号鉄塔の近くには93号鉄塔があり、伊達は明比古とよくこの付近ででくわします。

明比古の肌は白く、病弱そうに見えます。

伊達に対して「やぁ」と軽く挨拶を交わして、鉄塔について聞いてくる明比古。

一度だけ、伊達と一緒にいた帆月と比奈山とも会うのですが、伊達以外の2人は彼の存在を知らず…

「あんな子、同級生にいたっけ?」という反応。

少しあとになって、伊達は比奈山との会話からこう感じるようになります。

自分の見えているものが本当に存在するのかどうか──その答えは、自分ひとりでは出すことが出来ない。他者の存在があって、共感が得られて、初めて対象の存在が認められる。僕は、自分が当たり前だと思って暮らしている世界が、実はとても脆い状態にあっただなんて、想像すらしていなかった。

結局、明比古の存在は断定されませんが、不可思議な体験をする中でそれらしき人物が登場したり、スルーしそうな会話の中に糸口があったり。読者へ委ねられているように思えました。

私は再読してみてきっと彼はーーーーーと納得することにしました。

この夏3人で過ごした記憶は手放さないと思う

なぜ鉄塔の上に男の子が?という疑問から、見えるはずのない不思議な光景を目の当たりにする僕ら。

この物語は「記憶」というテーマがあって、両手に持っておける記憶は限られているんだよと教えてくれているようでした。

私たちは必要のないことを知らず知らずのうちに手放して、新たな記憶を掬い取っている。

忙しい日常の中で、手放すことは無意識で悲しいという感情は無く、ただ忘れていく。

しかし、忘れたくない事は記憶のトリガーとなるものが手元にあれば、また取り戻せるんだと読んでいて感じました。

儚くて美しい世界を覗ける作品でした。

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